キッチンの片隅から

主婦のひとりごと日記です

前の記事のつづき(泣)

なぜか、また日記が全部アップされませんでした・・・。涙

なので、続きを思い出しながら書きます。(大泣き)


今朝、新聞を見て一番頭に来たのは
  「ハンセン病元患者の家族にも賠償、国は控訴せず」の記事です。



原告らは、家族にハンセン病の患者が居たために差別を受けた、と
 国を訴えているのですが・・・。

4月にもこんな日記を書きました。
「旧優生保護法に基づいて不妊手術を受けた被害者の救済法が成立
 について、








 『ハンセン病の時にも小泉総理が謝罪していましたが、私は
    「それは違う!」と思っていました。

  申し訳ないが、これは当時としてはしょうがなかったのよ、と。

     (略)
冒頭の、「もういい加減にしてくれ!」 というのは
 この訴えを起こしている被害者とやらに対して。
そしてそれを自分の懐から出すカネじゃないから気楽に
 「人権問題だ!」と火を付けた弁護士たち、
 それを応援する左まき連中、
 そして後藤謙次らに対しての私の声です。

     (略)


                何を書いたか、思い出せんな・・・(-_-;)

と、つらつらと駄文を綴っていますが、
 要するに
優生保護法も、ハンセン病対策も、注射器たわい回し打ちも
 当時としてはそれが当たり前の状況だったのです。
それを、医学のレベルも日本人のメンタルも全く違う今の状況に定規を
 合わせて、「差別だ!」と言われることには抵抗がある。
私達世代はいつまで
  過去に対して償い続けなければならないのでしょう。

裁判を起こす人はよくこんなことをおっしゃいます。
「二度とこういうことが起きないように訴えを起こした」と。
でも私には、
 個人を訴えた場合は、例え裁判に勝てても賠償金は支払えないことが多い、
 しかし国や大企業を訴えれば間違いなくお金は入る、
その「カネ目当て」にしか見えないのです。

今、もしうちの子供が、
 「彼の家、昔ハンセン病の人がいたみたいよ」という人とご縁が出来ても
 なんとも思いません。
「あ~そう」、ってね。
しかし、「彼の家族、あの裁判の原告に加わっている」と聞いたら
 そちらの方が怖いです。

部落問題もそうですが、
 今誰もなんとも思っていないことに対して、 自分から
 「差別だ!差別を受けた!」と声高に叫ぶ人たちには違和感があります。
なにカミングアウトしてんの?
そんなにかまって欲しいの?と。
こういう人たちは、
 自分から勝手に差別を作り出しているような気がしますよ。

   多分、消えた前の文章の方が良かったと思う・・・。  (-_-;)