キッチンの片隅から

主婦のひとりごと日記です

アノ「言葉」を考えてみた

最近、一番気になるのが「人流」というワードです。

こんな言葉はどこの辞書にも載っていません。

 

「人流」、多分これを一番最初に言い出したのは

小池都知事だと思います。

コロナ禍での外出自粛を呼びかける中で

「人流」を使い始めた。

 

でもね、多分、あの方は

「物流」を人になぞらえて「人流」としたのでしょうが

考えようによっては、物凄く失礼な言い方だと思います。

なぜ「人出」ではダメなんでしょう?

 

 

今ではNHKのアナウンサーでさえ「人流」。(-_-;)

 

 

私には違和感しかありません。

 

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4月25日の緊急事態宣言で、東京では

「飲食店でのお酒の提供禁止」となりました。

ところが、呆れたのが、

「提供がダメなので、持ち込みはOK」とするお店が出て来たこと。

 

一休さんのトンチか!?と言いたいほど

「提供」を自分勝手に悪用している。

 

もうね、きれいな言葉は止めましょうよ。

「店内及びその周辺での飲酒は一切禁止!」の直な表現にすべきです。

 

政府広報のCMも、やさしい声で

 

「GWのお願いです。

 感染の広がっている地域との往来は延期、自粛して下さい。

 こうした地域以外でも、帰省やイベントへの参加は慎重にご検討を。

 発熱のある方は必ず控えて下さい。ご協力をお願いします」

 

と呼びかけていたのだけれど、

こんな生易しい、上品過ぎるCMでは何も応えません。

 

 

この手のCMは東京都も流していますが、

お金のムダだからもうやらなくていいですよ。

 

見なくてもわかる人はわかっているし、

見ても、無視する人は無視する。

 

このコロナ禍で、

個々人の常識の程度がはっきり露呈したような気がします。

 

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おっと、話が逸れて行きそう。(-_-;)

 

私が気に障るのは「寄り添う」という言葉もそうです。

なんでだろ?
私にとっては気持ちが悪いんですよね、この言葉。

 

 

昨日のニュース記事でこんなのがありました。

 

大津市で保育園児ら16人が車同士の衝突に巻き込まれて死傷した事故から2年になるのを前に、遺族ら11人が7日、片方の運転手を不起訴とした検察の判断を不服として、大津検察審査会に審査を申し立てた」

 

無謀な運転をした乗用車が、軽自動車に衝突。(軽自動車に過失は無し)

その軽自動車が園児の列に突っ込み、園児2人が死亡、という案件。

 

で、裁判所は乗用車の方は実刑、軽自動車の方は嫌疑不十分で不起訴、

としたのですが、

 

被害者側弁護士は

「不起訴は納得できない」などとする遺族らの思いを紹介し、

「被害者の心情に耳を傾け、寄り添った判断を」と訴えた。

 

www.yomiuri.co.jp

 

しっかし、この軽自動車を運転していた人にとっては

完全な「もらい事故」であって、いい迷惑な話なのです。

 

これを

「実際に園児を轢いたのは軽自動車なんだから」の理由で

「不服」とされたのでは、たまったものではありません。

 

ご遺族のお気持ちはわかるが、これは納得いかない。

軽自動車運転の方もずっと一生苛まれていくと思います。

なんの罪もないのに。

 

で。

ん~~、なぜ「寄り添う」という言葉が嫌いなんでしょね?

 

この言葉に

「何がなんでもあなたを応援するよ、味方になるよ」を感じるからか、

この言葉に「上から目線」を感じるからか、

「うさん臭さ」を感じるからか、

そのへんはよくわかりません。

 

嫌いな言葉ってのは、余計に気になるもので。

聞きたくないのに、意識していなくても、耳に入ってしまいます。

 

そのへん、いくら口を酸っぱくして「お願い」を広報していても、

「いくら聞いても聞き流せる」人の耳が羨ましいです。